掲げた理想と実践のズレこそ、組織が規範を見直す手がかり

掲げた理想と実践のズレこそ、組織が規範を見直す手がかり (人材論文百科の論文紹介)

紹介する論文

A library of fantasies: Norm-critical prefiguration of consent in feminist audio pornography

Sara Dahlman, Lea Katharina Reiss / Human Relations (2026年) / DOI: 10.1177/00187267261469798

邦題(編集部訳): ファンタジーの図書館——フェミニスト・オーディオポルノにおける同意の規範批判的プリフィギュレーション

結論

新しい価値観を掲げる組織でも、理想と実践のずれは避けられません。著者らは、そのずれを点検し規範を書き換え続ける進め方を示し、そうしなければ代替案そのものが新たな当たり前として固まると指摘します。人事・研修の担当者にとっては、理念や制度を完成品にせず、見直す仕組みごと設計することの重要さを示す議論です。

フェミニスト・オーディオポルノを手がけるErotic Storiesを題材に、同意にもとづく性のあり方を先取りして描く実践が検討されました。理想として思い描かれる同意と、実際の運営で形になる同意にはずれがあり、著者らはそのずれこそが、そこで作られている規範を映し出すと述べます。掲げた価値観を固定せず、問い直し続ける組織のあり方が示されています。

この論文の要点

  • 思い描く同意と実際に形になる同意のずれが、組織の規範を映し出します
  • 「完成させない」姿勢を運営に落とし込むのが概念的プリフィギュレーションです
  • 新しい規範も点検し続けなければ、次のヘゲモニーになりかねません

研究の問い

オルタナティブ組織の研究は、これまで経済や社会のしくみを変える取り組みに関心を向けてきました。一方で、親密な関係や私的な領域で既存の当たり前に抗う動きは、あまり検討されてきませんでした。著者らは、この空白に注目します。フェミニスト・オーディオポルノを制作するErotic Storiesを取り上げ、同意にもとづく性のあり方を描く物語が、どのように新しい性的スクリプト(性的なふるまいの筋書き)を先取りして示すのかを問いました。理想として思い描かれるものと、実際に組織の運営で形になるものとの間にはずれが生じます。そのずれが何を語るのかを明らかにすることが、本研究の課題です。

調べ方

著者らは、フェミニスト・オーディオポルノを提供するErotic Storiesを対象に、同意がどのように想像され、どのように実際の活動として形になっているかをたどりました。分析の枠組みには、概念的プリフィギュレーション(目指す未来を今ここで先取りして実践するという考え方)を用いています。想像されたものと実現されたものを並べ、両者の食い違いから、そこで生み出され直している規範を読み解くという進め方です。データの収集方法や期間の詳細は、抄録では明記されていません。

わかったこと

第一に、著者らはオルタナティブ組織のあり方を、経済の領域だけでなく親密な関係にまで広げてとらえます。同意にもとづく性を描く物語は、既存の性的スクリプトに代わる筋書きを先に提示する試みとして読み解かれます。

第二に、思い描かれるものと実際に形になるものの間には、ずれが見つかります。著者らはこのずれを失敗ではなく、組織が「完成させないままでいる」という姿勢を日々の運営に落とし込む手がかりとして位置づけます。概念的プリフィギュレーションは、その姿勢を具体的な活動へと変える働きをします。

第三に、著者らは規範批判という視点を組み込んだ進め方を提示します。自分たちが生み出した新しい決まりごとを、再帰性をもって繰り返し点検し、書き換えていく。そうしなければ、代わりに掲げたはずのものが固まり、新たなヘゲモニー(疑われない支配的な当たり前)になりかねないと述べます。物語をつくる声を多様にし、思い描く範囲を広げ続けることが、その条件とされます。

人事・研修担当への示唆

  • 掲げた理念と現場の運用のずれを定期的に洗い出し、失敗ではなく規範を見直す材料として扱いましょう
  • 行動指針や研修教材をつくる際、決定に関わる声の偏りを点検し、少数派の視点を設計段階から入れましょう
  • 制度は完成品とせず、見直す時期をあらかじめ決めた「未完成」の状態で運用しましょう

読むときの注意点

本研究は一つの組織を深く読み解き、理論を組み立てるタイプの研究です。扱われているのは性の表現という特有の文脈であり、そのまま一般の職場に当てはまるわけではありません。何かをすれば成果が上がるという因果関係を示したものでもありません。調査の具体的な手続きは、抄録では明記されていません。

キーワード解説

プリフィギュレーション
プリフィギュレーションとは、目指す社会のあり方を将来に先送りせず、いま自分たちの活動のなかで先取りして実践する考え方のことです。
オルタナティブ組織
オルタナティブ組織とは、利益や効率を最優先する主流のやり方とは別の原理にもとづいて運営される組織のことです。
同意
同意とは、関わる人が対等な立場で互いの意思を確かめ合い、納得したうえで関係や行為を進めることのことです。
性的スクリプト
性的スクリプトとは、性的な場面でどうふるまうのが自然かについて、人々が暗黙のうちに共有している筋書きのことです。
ヘゲモニー
ヘゲモニーとは、特定の考え方が当たり前とみなされ、疑われないまま人々の行動を方向づけている状態のことです。
規範批判
規範批判とは、集団のなかで当然とされている決まりごとを問い直し、そこで誰が置き去りにされているかを検討する態度のことです。
再帰性
再帰性とは、自分たちの行いや前提を一度対象として振り返り、必要に応じて改めていく姿勢のことです。

よくある質問

Q
プリフィギュレーションとは何ですか?
A
目指す未来のあり方を、いつか実現するものとしてではなく、今の活動のなかで先取りして実践する考え方です。本研究では、同意にもとづく性のあり方を物語として描き、示していく取り組みがこれにあたると論じられています。
Q
理想と実践のずれは問題ではないのですか?
A
著者らはずれを失敗とは扱いません。思い描いたものと実際に形になったものの食い違いは、その組織でどんな規範が作られ直しているかを映す手がかりであり、見直しの出発点になると位置づけられています。
Q
この研究は人事の仕事にどう関係しますか?
A
既存のやり方に代わる価値観を掲げる組織が、それを固定させずに運用し続ける方法を扱っています。理念や制度をつくって終わりにせず、誰の声が反映されているかを点検し直す仕組みの必要性を示唆します。

原論文のライセンス: 記載なし。本記事は原論文の内容を人材論文百科の編集部が独自に読み解いてまとめたもので、抄録や本文の翻訳・転載ではありません。図表は掲載していません。正確な内容は冒頭のDOIから原典をご確認ください。

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