
紹介する論文
Search Heuristics Under Multiple Objectives: The Case of Corporate Social Responsibility
邦題(編集部訳): 複数目標下の探索ヒューリスティック:企業の社会的責任を題材として
結論
複数の目標を同時に追う企業では、どの目標を選ぶかよりも「どんな手順で改善案を探すか」が結果を左右します。特に、一方の目標が行き詰まったら他方に切り替える探索は、財務だけを追う場合と同等以上の財務成果を保ちながら社会的成果も高める「斜め」の戦略を見つけやすいことが、シミュレーションで示されました。人事施策の優先順位づけにも同じ発想が使えます。
企業は利益と社会的責任のように複数の目標を同時に抱えますが、実際に手を動かして改善案を探すとき、その進め方までは意識されていません。この研究はシミュレーションによって、同じ選好を持っていても採用する探索の手順(ヒューリスティック)が違えば、たどり着く戦略も見つかる機会も系統的に変わることを示しました。
この論文の要点
- 目標の選好は、探索の手順を通じて初めて結果に反映されます
- 目標を交互に追う探索は「斜め」の戦略を発見しやすくなります
- 意思決定と探索は別物として区別する必要があります
研究の問い
近年、企業は利益だけでなく社会的な成果も同時に求められるようになりました。しかし、人も組織も情報処理能力に限りがあり(限定合理性)、あらゆる選択肢を見渡してから最善を選ぶことはできません。現実には、いま置かれた場所から少しずつ手を加えて改善を探す形で進みます。この論文は、成果が多次元になったとき、限定合理的な企業がどうやってより良い戦略を探すのかがほとんど分かっていない点を出発点にしています。そして、すでに分かっている選択肢から選ぶ「多目的の意思決定」と、経路依存的な局所的手直しを通じて選択肢そのものを見つけ出す「多目的の探索」を分けて考えるべきだと論じます。
調べ方
企業向けアンケートではなく、コンピュータ上のシミュレーション研究です。財務的成果と社会的成果という二つの成果の地形(デュアル・ランドスケープNKモデル)を設定し、その上で五つの代表的なヒューリスティックを比べています。財務のみを高めるMaximize、両者の合計を高めるCombine、片方が行き詰まるまで追ってから切り替えるAlternate、社会的な基準に届かない分を差し引きながら財務を高めるPenalize、社会的な基準を満たしてから財務を優先するSatisficeの五つです。課題の複雑さ、二つの目標の相関、基準の水準を変えながら比較しています。
わかったこと
同じ「両方大事にする」という選好であっても、それをどのヒューリスティックで実行するかによって、企業がたどる道筋も最終的に到達する財務・社会の組み合わせも系統的に違ってきました。複雑さ、目標間の相関、基準の水準といった条件を変えても、この違いは一貫して現れます。
特に注目されているのがAlternateです。財務だけを見ていると、そこそこ良い地点で手が止まってしまいます(局所最適)。ところが、行き詰まったところで社会的成果側へ目標を切り替えると、その動きが結果的に財務側の行き詰まりからも抜け出させてくれます。こうして見つかる「斜め(oblique)」な戦略は、利益だけを追う局所的な探索が到達する財務成果に匹敵する、あるいはそれを上回りながら、社会的成果も同時に改善することが少なくないと報告されています。
著者らは、同じ多目標の選好でも実装する探索の手順が違えば、企業は社会と財務のフロンティア上の別々の領域へ導かれると結論づけます。つまり手順は、企業がどんな妥協に落ち着くかだけでなく、どんな機会に出会えるかまで形づくっているということです。
人事・研修担当への示唆
- 施策目標を複数掲げる際は、目標の文言だけでなく「どの順で改善を試すか」まで決めましょう
- 指標が頭打ちになったら、別の目標に軸足を移す期間を意図的に設けてみてください
- 合計点で評価する仕組みは、両立の工夫を見つけにくくしていないか点検しましょう
読むときの注意点
この研究はコンピュータ上のシミュレーションであり、実在企業のデータで検証されたものではありません。示されているのは、想定した条件のもとで探索の手順が結果に違いを生むという理論的な結論です。Alternateが常に優れているわけではなく、複雑さや目標間の相関、基準の水準といった条件によって結果は変わります。人や組織の動機づけ、実行コストは扱われていません。
キーワード解説
- 限定合理
- 限定合理とは、人や組織が情報処理能力や時間の制約から、すべての選択肢を検討できず、手の届く範囲で判断していく状態のことです。
- 多目的の探索
- 多目的の探索とは、複数の成果を同時に良くしようとしながら、少しずつ手を加えて新しい選択肢そのものを見つけ出していく過程のことです。
- ヒューリスティック
- ヒューリスティックとは、複雑な問題を厳密に解く代わりに、経験則に基づいた簡便な手順で判断や改善を進めるやり方のことです。
- 局所最適
- 局所最適とは、周りを少し変えても改善しないため止まってしまうものの、全体で見ればもっと良い状態が別にある地点のことです。
- 経路依存
- 経路依存とは、これまでにたどってきた道筋によって、今どこへ進めるかや到達できる結果が制約される性質のことです。
- 社会的成果
- 社会的成果とは、企業活動が環境や地域、働く人などに与える良い影響を、財務的な利益とは別に捉えた成果のことです。
- フロンティア
- フロンティアとは、一方を良くすると他方が下がるような関係のなかで、これ以上同時には良くできない境界となる組み合わせのことです。
よくある質問
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Q複数の目標を掲げると成果は下がりますか?
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A必ずしもそうとは限りません。この研究では、目標を交互に追う探索によって、財務だけを追った場合と同等以上の財務成果を保ちつつ社会的成果も高める戦略が見つかることが示されています。ただし条件によって結果は変わります。
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Q目標を合計点で評価するのは良い方法ですか?
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A合計を高めるやり方も比較対象の一つですが、この研究ではそれぞれの手順が異なる道筋と結果を生むとされています。合計点方式が常に良いとは言えず、どんな組み合わせにたどり着きやすいかが変わる点に注意が必要です。
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Q実務ではどこから手をつければよいですか?
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Aまず、掲げている目標をどんな手順で改善しているかを言葉にしてみてください。一つの指標が頭打ちなら、別の目標へ意図的に切り替える期間を設けることが、行き詰まりを抜ける手がかりになります。
原論文のライセンス: 記載なし。本記事は原論文の内容を人材論文百科の編集部が独自に読み解いてまとめたもので、抄録や本文の翻訳・転載ではありません。図表は掲載していません。正確な内容は冒頭のDOIから原典をご確認ください。


