人事と研修の専門職は、対立しつつ協力して境界を引き直してきた

人事と研修の専門職は、対立しつつ協力して境界を引き直してきた (人材論文百科の論文紹介)

紹介する論文

Symbiotic Mutualism? A Process Perspective on the HRM and L&D Professions

Valerie Anderson, Carole Elliott, Patricia Jolliffe, Paul Tosey / Human Resource Management Journal (2026年) / DOI: 10.1111/1748-8583.70064 / 本文を読む(オープンアクセス)

邦題(編集部訳): 共生的相利関係か? 人的資源管理と学習・人材開発の専門職に関するプロセス視点

結論

英国の人事専門職団体CIPDの100年の歩みをたどると、人事管理(HRM)と学習・人材開発(L&D)の境界は固定されたものではありませんでした。主張がぶつかり合う一方で協力も進み、その両方が同時に起きながら引き直されてきたことが示されました。人事・研修担当者は、隣の専門領域を縄張り争いの相手ではなく、支え合いながら役割を調整する相手として捉え直せます。

人事の仕事がタレントマネジメントやデータ分析、コーチングへと広がるなか、専門職としての「持ち場」は誰がどう決めるのでしょうか。英国の人事専門職団体CIPDの100年の歴史を分析した本研究は、人事管理と学習・人材開発という隣り合う2つの専門領域が、競い合いと協力を同時に進めながら境界を調整してきたことを明らかにしました。著者らはこの関係を「共生的相利関係」と名付けています。

この論文の要点

  • 人事の専門職の境界は固定されず、隣接領域との間で争いと協力を繰り返しながら動き続けている
  • 英国CIPDの100年を資料と証言から追い、人事管理と学習・人材開発の関係の変化を分析した
  • 両者の関係を、互いに利益を得ながら境界を調整する「共生的相利関係」として概念化した

研究の問い

人事の専門職団体は、資格認定や職業としての正当性(社会から認められていること)、専門の範囲の線引きを左右する重要な組織ですが、研究はあまり多くありませんでした。一方で人事の仕事は、タレントマネジメント、HRアナリティクス(人事データの分析)、コーチング、メンタリングへと広がっています。従来は、専門職が仕事を囲い込む「閉鎖」の結果として境界が固まると見られがちでした。これに対し著者らは、境界は動的で、争われ続けるものとして捉えるべきだと主張します。そこで本研究は、人事に関わる職業的境界がどんな過程で作られ、発展し、変化するのかを問いました。

調べ方

対象は、英国の人事専門職団体であるCIPD(英国人材開発協会)です。著者らは同団体の100年にわたる歴史について、歴史的プロセス分析(出来事の流れを時間に沿って追い、変化の仕組みを読み解く方法)を行いました。材料には、アーカイブ(保管記録)資料、口述による証言、一般に公開されている資料が用いられています。特に、人事管理(HRM)と学習・人材開発(L&D)という長く続く2つの実務領域の接点で、境界がどう調整されてきたかに焦点を当てています。証言者の人数などは抄録では明記されていません。

わかったこと

分析の結果、人事管理と学習・人材開発の間では、境界をめぐる争い、協力、そして境界の引き直しという3つの過程が、順番にではなく同時並行で起きていたことが示されました。つまり2つの専門領域は、どちらかが相手を締め出して決着がついたのではありません。ぶつかり合いながらも協力し、そのつど持ち場を調整してきたということです。

著者らはこの過程を説明するために「共生的相利関係」という概念を提案しています。相利共生は本来、生物学で異なる種が互いに利益を得ながら共に生きる関係を指す言葉です。ここでは、隣り合う専門職集団がそれぞれの専門性の主張を調整しながら関係を保つ様子を表しています。

著者らは、この共生の考え方が人事だけでなく、新しい専門分野が次々に生まれている他の企業内専門職にも重要な意味を持つと述べています。ただし、これは1つの団体の歴史から導かれた概念の提案であり、どの組織にも当てはまることが検証されたわけではありません。

人事・研修担当への示唆

  • タレントマネジメントのように人事と研修の担当が重なる業務は、線引きで争う前に両部門で役割分担と協力の仕方を定期的に話し合う場を設ける
  • HRアナリティクスやコーチングなど新しい領域を始めるときは、特定部門の縄張りにせず、隣接部門と一緒に担い方を設計する
  • 研修担当者は学習施策の成果を人事管理の目標と結びつけて示し、人事側と互いに価値を生む関係であることを見える形にする

読むときの注意点

本研究は英国の1つの専門職団体の歴史を質的に分析したものです。ほかの国や団体、個々の企業の人事部門にも同じ過程が見られるかは検証されていません。「共生的相利関係」は分析から導かれた概念の提案であり、どんな条件で協力が進み、どんな条件で対立が強まるかを数量的に示したものではありません。また、使われた資料や証言の範囲・件数は抄録では明記されていません。

キーワード解説

専門職団体
専門職団体とは、特定の職業に就く人々が集まり、資格認定や倫理規範の策定、知識の普及などを通じてその職業の地位を支える組織のことです。
職業的境界
職業的境界とは、ある職業や専門職が「ここまでが自分たちの仕事だ」と主張し、他の職業と区別する範囲の線引きのことです。
共生的相利関係
共生的相利関係とは、隣り合う専門職集団が競い合いながらも協力し、互いに利益を得る形で担当範囲の主張を調整していく関係のことです。
歴史的プロセス分析
歴史的プロセス分析とは、長い期間にわたる出来事の流れを資料や証言から時系列で再構成し、変化がどのように起きたかを読み解く研究方法のことです。
学習・人材開発
学習・人材開発とは、研修や職場での学び、キャリア支援などを通じて、従業員の知識や能力の向上を支える実務領域のことです。
タレントマネジメント
タレントマネジメントとは、組織にとって重要な人材を見極め、採用・育成・配置・定着を一体的に管理して能力を生かす取り組みのことです。
HRアナリティクス
HRアナリティクスとは、人事に関するデータを収集・分析し、採用や育成、離職防止などの意思決定に役立てる手法のことです。

よくある質問

Q
人事部門と研修部門の役割がぶつかるのはなぜですか?
A
本研究によると、人事の仕事がタレントマネジメントやコーチングなどへ広がるなかで専門職の境界は固定されず、隣り合う領域どうしで主張が重なり合うためです。ただし、ぶつかり合いと同時に協力も起きており、対立だけが続くわけではないことが示されています。
Q
共生的相利関係とはどういう意味ですか?
A
著者らが提案した概念で、隣接する専門職集団が競い合いつつ協力し、双方が利益を得るかたちで担当範囲の主張を調整していく過程を指します。英国のCIPDの歴史に見られた、人事管理と学習・人材開発の関係を説明するために用いられています。
Q
この研究の結果は日本の企業にも当てはまりますか?
A
そのまま当てはまるかはわかりません。分析対象は英国の1つの専門職団体の歴史で、日本の企業や団体は調べられていません。ただし著者らは、新しい専門分野が生まれ続ける人事や他の企業内専門職全般にこの考え方が関係すると述べており、自社の部門間の関係を見直す視点として参考になります。

原論文のライセンス: cc-by。本記事は原論文の内容を人材論文百科の編集部が独自に読み解いてまとめたもので、抄録や本文の翻訳・転載ではありません。図表は掲載していません。正確な内容は冒頭のDOIから原典をご確認ください。

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