危機が続く環境では『退く・戻る』の周期が生存を支える

危機が続く環境では『退く・戻る』の周期が生存を支える (人材論文百科の論文紹介)

紹介する論文

Survival Is Triumph Enough: Rhythmic Resilience Amid Chronic Adversity and Acute Shocks

Ramzi Fathallah, Trenton A. Williams, Jay Joseph / Journal of Management (2026年) / DOI: 10.1177/01492063261468322

邦題(編集部訳): 生き延びることこそが勝利——慢性的な逆境と急性の衝撃のなかのリズミカルなレジリエンス

結論

慢性的な逆境に急な衝撃が重なる場では、レジリエンスは前進し続ける力ではなく、退く・関わり直す・やり方を変える周期として現れ、家庭・事業・地域にまたがって「続くこと」を支えていました。ただしその生存は健康や成長、人とのつながりと引き換えです。粘り強く見える人ほど何が削られているかを確かめる、という視点が現場では要ります。

紛争が続く地域で事業を営む起業家たちは、危機から「立ち直る」のでも「成長する」のでもなく、繰り返す危機と資源不足のなかで事業と暮らしを続けること自体を目指していました。本研究は、そうしたレジリエンス(逆境に対処する力)が、いったん退き、また関わり直し、やり方を変えるという周期として現れることを示します。ただしその生存は、本人の健康や事業の成長、人とのつながりを差し出すことと引き換えでした。

この論文の要点

  • 「一度の出来事か、続く状態か」という逆境の二分法では現実を捉えきれません
  • レジリエンスは回復や飛躍ではなく、退く・関わり直す・やり方を変える周期として現れます
  • 生存は健康・事業成長・人間関係を犠牲にする「レジリエンスと生存の逆説」を伴います

研究の問い

逆境のなかで人は事業を起こし、状況を自分の手に取り戻そうとします。しかしこれまでの研究は逆境を、一度きりの破壊的な出来事として描くか、同じ困難がずっと続く状態として描くかのどちらかに偏ってきました。実際に起きているのは、慢性的に続く困難の上に急な衝撃が何度も重なるという事態で、これが今の不安定な世界で多くの起業家が生きている現実です。そうした場では、レジリエンスの目標は元に戻ることでも飛躍することでもなく、繰り返す危機と資源の乏しさ、消えない不確実性のなかで耐え続けることになります。この違いを踏まえた説明が足りていませんでした。

調べ方

著者らは、紛争の影響を受けるイラクの地域で暮らす、住まいを追われた起業家32人を対象に調査しました。あらかじめ仮説を立てて確かめるのではなく、語られた経験から筋道を組み立てる帰納的なアプローチをとり、一時点で切り取らずに時間の経過を追う縦断的な設計で進めています。集めた記録を分析し、慢性的な逆境に急な衝撃が重なる状況でレジリエンスがどう展開していくかを、時間の流れに沿ったプロセスモデルとしてまとめました。なお、調査期間の長さやデータ収集の具体的な手続きは、抄録では明記されていません。

わかったこと

浮かび上がったのは、「リズムを持ったレジリエンス」と呼べる姿でした。人々は前へ進み続けるのではなく、いったん退く、再び関わり直す、やり方を変える、という動きを時間をかけて周期的に繰り返していました。

この周期は、家庭・事業・地域という複数の層にまたがって働き、いずれの層でも「続いていること」を支えます。どこか一つだけを守るのではなく、状況に応じて力の入れどころを移し替えていく点が特徴です。

ただし、これは無償ではありません。著者らは、生存を守るために本人の心身の健康、事業の成長、人とのつながりが差し出される「レジリエンスと生存の逆説」を指摘しています。耐え抜けたこと自体が成果である一方で、その裏で確実に何かが削られている、という見立てです。

人事・研修担当への示唆

  • 危機のさなかに一時的に手を引く人を、やる気の低下と決めつけない。退くことも立て直しの一手として面談で扱う
  • 復帰支援は「元通りにする」を目標にせず、関わり直せる小さな役割を段階的に用意する
  • 粘り強く見える人ほど、健康・家庭・人間関係が削られていないかを個別に確認し、負荷の配分を見直す

読むときの注意点

対象は紛争の影響を受ける地域で住まいを追われた起業家であり、平時の職場や日本企業にそのまま当てはまる知見ではありません。数量で効果を検証した研究ではなく、語りから筋道を組み立てる質的な研究のため、周期がどれだけ効くのかや一般化できる範囲は示されていません。示された関係は、原因と結果を確定したものではなく、現場を見るための枠組みとして受け取るのが妥当です。

キーワード解説

レジリエンス
レジリエンスとは、逆境や危機にさらされた人や組織が、状況に対処しながら機能を保ち続ける力のことです。
慢性的な逆境
慢性的な逆境とは、一度きりの出来事ではなく、困難な状態が長く続いて日常の前提になってしまっている状況のことです。
急な衝撃
急な衝撃とは、災害や紛争、事業環境の急変のように、突然起きて暮らしや事業の基盤を揺さぶる出来事のことです。
生存の逆説
生存の逆説とは、生き延びること自体は果たせていても、その代償として健康や成長、人とのつながりが失われていく状態のことです。
プロセスモデル
プロセスモデルとは、物事が時間の経過とともにどう展開していくかを、段階や循環の形で整理して示した枠組みのことです。
不確実性
不確実性とは、この先に何が起きるかを見通せず、意思決定の前提が定まらない状態のことです。
起業家
起業家とは、自ら事業を立ち上げ、必要な資源を集めながらその運営に責任を持つ人のことです。

よくある質問

Q
レジリエンスは元に戻る力のことではないのですか?
A
この研究が扱うのは、危機が繰り返し起こり資源も乏しい環境です。そこでのレジリエンスは、元の状態に戻ることでも飛躍することでもなく、退く・関わり直す・やり方を変える周期を通じて、事業と暮らしが続いていること自体に向いていました。回復を前提にしない見方が示されています。
Q
危機のときに一時的に退くのは問題ですか?
A
本研究では、いったん退くことが周期の一部として描かれ、再び関わり直すための局面と位置づけられています。危機のさなかの撤退を意欲の低下と決めつけず、立て直しの一手として面談で扱うほうが、その後の関わり直しを支えやすくなります。
Q
粘り強い人ほど注意すべき点は何ですか?
A
著者らは、生存を守る過程で本人の心身の健康、事業の成長、人とのつながりが差し出されるレジリエンスと生存の逆説を指摘しています。耐えている姿は成果に見えますが、その裏で何かが削られていないかを個別に確認し、負荷の配分を見直すことが必要です。
Q
日本の職場にもそのまま当てはまりますか?
A
対象は紛争の影響を受ける地域で住まいを追われた起業家であり、平時の職場にそのまま持ち込める知見ではありません。効果の大きさを数量で検証した研究でもないため、原因と結果を確定したものではなく、現場を見るための枠組みとして受け取るのが妥当です。

原論文のライセンス: cc-by-nc。本記事は原論文の内容を人材論文百科の編集部が独自に読み解いてまとめたもので、抄録や本文の翻訳・転載ではありません。図表は掲載していません。正確な内容は冒頭のDOIから原典をご確認ください。

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