職場から家庭への圧力は一方通行、支えたのは親族と仲間だった

職場から家庭への圧力は一方通行、支えたのは親族と仲間だった (人材論文百科の論文紹介)

紹介する論文

Beyond Bidirectionality in Spill‐Overs: Asymmetrical Work‐Life Dynamics and Indigenous Support Systems in a Fragile‐State Military Context

Adejumoke Adeoti, Josiah Akintunde, Clement Dabang, Chima Mordi, Babatunde Akanji / Human Resource Development Quarterly (2026年) / DOI: 10.1002/hrdq.70027 / 本文を読む(オープンアクセス)

邦題(編集部訳): スピルオーバーの双方向性を超えて:脆弱国家の軍事的文脈における非対称なワークライフの力学と土着の支援システム

結論

不安定な情勢下の軍組織で働く人へ聞き取りをしたところ、仕事と家庭の影響は行き来する双方向のものではなく、仕事の側から家庭へ一方的に押し寄せていました。それを和らげていたのは公式な制度ではなく、親族や同僚の助け合いという文化に根ざした非公式な支えでした。制度が届きにくい職場ほど、非公式なつながりの扱い方まで含めて支援を設計する必要があります。

ワークライフバランスの研究は、役割の境界が引きやすく制度も比較的あてになる環境を前提にしてきました。この研究は、長期の任務や予測できない勤務、支援の行き届かなさが続くナイジェリア軍の現場で聞き取りを行い、仕事と家庭の影響が双方向ではなく構造的に偏っていることを描き出します。公式な支援が弱いところでは、親族や仲間、地域の助け合いといった文化に根ざした資源が、その偏りを部分的に受け止めていました。

この論文の要点

  • 仕事から家庭への影響が一方的に強く、家庭から仕事への流れは同じようには働いていませんでした
  • 長期任務・張りつめた警戒・読めない勤務予定・待遇の逼迫・組織の硬さが、回復と士気、仕事への没入を削っていました
  • 親族のつながりや仲間の連帯、地域の助け合いが、弱い公式支援を部分的に補う資源として現れました

研究の問い

ワークライフバランスと仕事への没入(ワークエンゲージメント)は、働く人の健康や踏みとどまる力、定着、持続的な成果を左右するため、人材開発の中心的な関心事です。ただし知見の多くは、比較的安定した民間や欧米の組織を舞台に積み上げられてきました。そこでは役割の境界が扱いやすく、公式の支援もある程度あてにできます。しかし、長引く治安の悪化、任務の見通しの立たなさ、厳格な階層、行き渡らない福利厚生が重なる脆弱国家の軍組織では、その前提が成り立たないかもしれません。本研究は、そうした条件のもとで働く人がこれらをどう経験しているのかを問いました。

調べ方

対象は、ナイジェリア軍に所属する60名の隊員です。質問紙で点数を測るのではなく、一人ひとりに話を聞く質的なインタビューを行い、Gioia法(語りをそのままの言葉から段階的に概念へまとめ上げる分析手順)にならって整理しました。読み解きの枠組みには、仕事の負担と支えの釣り合いを見るJD-Rモデルと、一方の領域の状態が他方へしみ出すと考えるスピルオーバー理論を組み合わせ、要求・資源・領域をまたぐ圧力がこの現場でどう絡み合うかを検討しています。

わかったこと

最も大きな発見は、仕事と家庭のあいだの影響が、釣り合いのとれた行き来として経験されていなかったことです。長期にわたる任務、気を張り続けなければならない状態(過覚醒)、予定の立たない勤務、待遇面の逼迫、硬直した組織運用が家庭生活に入り込み、休息による回復、士気、仕事に持続的に打ち込む力を弱めていました。

一方で、この圧力を部分的に受け止めていたのが、親族のつながり、同僚同士の連帯、地域で支え合う互酬の慣行でした。制度として用意されたものではなく、文化に埋め込まれた非公式な資源です。公式の組織的支援が弱かったり、人によって届き方に差があったりする場面ほど、この支えが効いていました。

著者らは、この現場では仕事と家庭のしみ出しを双方向と前提せず、構造的に偏ったものとして捉えるほうが実態に合うこと、また資源は組織にあるかないかの二択ではなく、階層を通して配られ方が決まり、文化によって補われるものだと述べています。

人事・研修担当への示唆

  • 制度の有無ではなく届き方を点検する。同じ支援でも部署や階層で使えていない人がいないか、利用実績を分けて確認します
  • 長期出張や不規則勤務のあとは、休息が実際に取れたかまで追う。復帰後の面談を勤務表とセットで組み込みます
  • 家族や仲間同士のつながりを福利厚生の枠外にある資源として扱い、社内のピアサポートや家族向け説明会を支援設計に含めます

読むときの注意点

対象は特定の国の軍組織で働く人たちであり、聞き取りにもとづく質的な研究です。数の大小や因果関係を示すものではなく、そのまま民間企業に当てはまるとも限りません。非公式な支えが圧力を和らげるのは部分的だと著者らも限定しており、公式の支援を置き換えられるという話ではない点に注意が必要です。

キーワード解説

ワークライフバランス
ワークライフバランスとは、仕事と家庭や私生活のあいだで時間と労力の配分がとれ、どちらかが一方的に犠牲にならない状態のことです。
ワークエンゲージメント
ワークエンゲージメントとは、仕事に活力を持って向き合い、意味を感じて没頭している、前向きで持続的な心の状態のことです。
JD-Rモデル
JD-Rモデルとは、仕事の負担(要求)と支えになる条件(資源)の釣り合いから、働く人の消耗と意欲の両方を説明する枠組みのことです。
スピルオーバー理論
スピルオーバー理論とは、仕事で生じた状態や感情が家庭へ、家庭のそれが仕事へとしみ出して影響し合うと考える見方のことです。
過覚醒
過覚醒とは、危険に備えて神経が張りつめた状態が続き、休む場面でも警戒を解けなくなる心身の反応のことです。
互酬
互酬とは、助けられたら助け返すというやりとりを親族や地域のあいだで積み重ね、支え合いを成り立たせる慣行のことです。
ピアサポート
ピアサポートとは、同じ立場の仲間同士が経験を分かち合い、悩みや負担を支え合う関係や取り組みのことです。

よくある質問

Q
軍隊の研究が民間企業の人事に役立ちますか?
A
役立つ場面があります。この研究が扱うのは、勤務の予測が立たず、支援が人によって届いたり届かなかったりする環境です。長期の出張や交代勤務があり、制度が現場で使われていない職場は、程度の差はあれ同じ構図を抱えています。結論をそのまま持ち込むのではなく、自社の条件に置き換えて読むことが前提です。
Q
仕事と家庭の影響は双方向ではないのですか?
A
この研究の現場では、双方向を前提にすると実態を取り違えると述べられています。仕事の側から家庭へ向かう力が強く、逆向きの流れが同じようには働いていませんでした。あくまで不安定な状況にある軍組織での知見であり、すべての職場が一方通行だと示したものではありません。
Q
制度がある職場なら支援は足りていますか?
A
制度があることと、それが届いていることは別だという指摘があります。この研究では、資源は階層を通して配られ方が決まり、文化に根ざした非公式な支えで補われていました。制度の一覧ではなく、誰がどれだけ使えているかを見ることが点検の出発点になります。

原論文のライセンス: cc-by。本記事は原論文の内容を人材論文百科の編集部が独自に読み解いてまとめたもので、抄録や本文の翻訳・転載ではありません。図表は掲載していません。正確な内容は冒頭のDOIから原典をご確認ください。

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