撤退できないのは意思決定ではなく、日々の会話の積み重ね

撤退できないのは意思決定ではなく、日々の会話の積み重ね (人材論文百科の論文紹介)

紹介する論文

Chained to blockchain: How escalating attachments communicatively constitute failing courses of action

Ellen Nathues, David Hollis, François Cooren / Human Relations (2026年) / DOI: 10.1177/00187267261465573

邦題(編集部訳): ブロックチェーンにつながれて——強まる結びつきはいかにして失敗しつつある行為の道筋をコミュニケーション的に構成するのか

結論

失敗しつつある取り組みから離れられなくなるのは、誰かが強情だからではなく、やり取りを重ねるうちにアイデアとの結びつきが強まり、ほかの選択肢が語られなくなるからだと本研究は示します。人事・研修担当にとっては、個人の意思決定力を鍛えるより、選択肢が語られ続ける会話の場をどう設計するかが要点になります。

複数あった選択肢が、いつのまにか一本の失敗しつつある道へ絞り込まれていく。本研究はその過程を、個人の判断の誤りとしてではなく、メンバー同士のやり取りのなかで結びつきが強まっていく過程として描き直しました。人はアイデアを握りしめるだけでなく、次第にそのアイデアの側に握られていく。実務家の実感に近いこの見方が、抜け出せないチームを理解する手がかりになります。

この論文の要点

  • 撤退できなくなる過程は、頭の中ではなく日々のやり取りのなかで進みます
  • 結びつきは行為を前へ引っ張ると同時に、その場に縛りつけます
  • 一本の道が太くなるほど、ほかの選択肢は静かに脇へ追いやられます

研究の問い

複数あったはずの選択肢が、なぜいつのまにか一つの失敗しつつある道へと絞り込まれていくのでしょうか。この問いは「コミットメント」のエスカレーション研究が長く扱ってきたものです。ただし従来の研究には、エスカレーションを単に「やり続けること(持続)」と同一視し、コミットメントを個人の頭の中の認知として扱う傾向があったと著者らは指摘します。その結果、概念としての精度も、現場で使えるという実感も損なわれてきました。本研究は、コミュニケーションと関係性を出発点に置く見方に立ち、エスカレーションを、やり取りのなかで形づくられる「アタッチメント(愛着・結びつき)」の過程として捉え直そうとします。

調べ方

著者らは、ある組織間チーム(複数の組織から集まったメンバーが働くチーム)を対象に、掘り下げ型の事例研究を行いました。ブロックチェーン技術を使って仕事をするというアイデアへの結びつきがどのように生まれ、メンバー同士のやり取りのなかで少しずつ強まっていったのかを追跡しています。分析の視点は「腹話術」というたとえで、人が話すとき、その人だけでなく背後にあるアイデアや前提もその人を通して語り出す、と捉える見方です。対象者数や調査期間などの詳細は抄録では明記されていません。

わかったこと

見えてきたのは、チームが一本の道へ引き寄せられていく過程です。ブロックチェーンというアイデアへの結びつきはやり取りのなかで生まれ、回を重ねるごとに強まりました。そのぶん、ほかにあり得た代替案は次第に脇へ追いやられ、最後には離れることがほとんど不可能に見える状態に至ります。

著者らはこれを「エスカレーティング・アタッチメント(強まっていく結びつき)」と名づけます。重要なのは、これが個人の頭の中で完結する現象ではなく、人と人、人とアイデアのあいだで動的に成し遂げられる関係だという点です。この結びつきには二つの働きがあります。ひとつは行為を特定の方向へ前へ引っ張ること、もうひとつは、そこから動けないよう押しとどめることです。実務家の実感でいえば、アイデアを握りしめているうちに、いつのまにかアイデアの側に握られている、という感覚に近いと著者らは述べます。

人事・研修担当への示唆

  • 会議ごとに「代替案を一つ挙げる」役割を決め、選択肢が消えていないか点検しましょう
  • 撤退の基準と判断者・判断時期を、着手前に文書として決めておきましょう
  • 振り返り研修では個人の判断ミスを責めず、チームの会話の進み方を題材にしましょう

読むときの注意点

一つのチームを深く追った質的な事例研究であり、統計的に一般化するための調査ではありません。どの職場でも同じ過程が必ず起きると読むより、自分の現場を見直すための視点として使うのが適切です。著者らはやり取りのなかで結びつきが形づくられる過程を描いたのであって、原因と結果を数量的に確かめたわけではない点にも注意が必要です。

キーワード解説

エスカレーション
エスカレーションとは、うまくいっていない取り組みに対して、資源や労力をさらに注ぎ込み続けてしまう現象のことです。
コミットメント
コミットメントとは、ある対象や方針に自分を結びつけ、そこから離れにくくなっていく心理的・関係的な結びつきのことです。
アタッチメント
アタッチメントとは、人が特定の相手や考えに深く結びつき、そこから距離を取りにくくなっている関係の状態のことです。
腹話術
腹話術とは、人が話すとき、その背後にある考えや規則もその人を通して語り出しているとみなす、組織研究の見方のことです。
組織間チーム
組織間チームとは、複数の異なる組織から集まったメンバーが、共通の目的のために協働する集まりのことです。
代替案
代替案とは、いま進めている方針のほかに選び得たはずの、別の行動や解決の選択肢のことです。
ブロックチェーン
ブロックチェーンとは、取引などの記録を複数の参加者で分散して保ち、後から改ざんしにくくする技術のことです。

よくある質問

Q
コミットメントのエスカレーションとは何ですか?
A
うまくいっていない取り組みに、さらに資源や労力を投じ続けてしまう現象を指します。本研究はこれを単なる「やり続けること」と同一視するのではなく、やり取りのなかで結びつきが強まっていく過程として捉え直しています。
Q
なぜ人は失敗する計画をやめられないのですか?
A
本研究の見方では、原因は個人の意地や思い込みだけではありません。会議や日常の会話のなかでアイデアへの結びつきが繰り返し確かめられ、ほかの選択肢が話題に上らなくなることで、離れることが不可能に見えていくと説明されます。
Q
明日から職場で何ができますか?
A
別の選択肢をあえて言葉にする役割を会議に置く、撤退の基準を着手前に決めておく、振り返りでは個人ではなく会話の進み方を点検する。いずれも、結びつきが静かに強まる過程に早く気づくための工夫です。

原論文のライセンス: cc-by。本記事は原論文の内容を人材論文百科の編集部が独自に読み解いてまとめたもので、抄録や本文の翻訳・転載ではありません。図表は掲載していません。正確な内容は冒頭のDOIから原典をご確認ください。

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