企業が従業員に権威を行使しているとは限らない

企業が従業員に権威を行使しているとは限らない (人材論文百科の論文紹介)

紹介する論文

Legitimate Authority and the Business Corporation

Ludvig Beckman / Journal of Business Ethics (2026年) / DOI: 10.1007/s10551-026-06427-0 / 本文を読む(オープンアクセス)

邦題(編集部訳): 正当な権威と企業

結論

この研究は、権威の行使が成り立つには「相手に従わせる意図」と「実際におおむね従われていること」の二つが必要だと整理し、その基準に照らすと企業経営を権威の行使と言い切る根拠は乏しいと論じます。権威は企業に必ず備わるものではなく、成り立つかどうかは場合によるという結論です。人事にとっては、制度上の指揮命令があることと、現場で実際に指示が受け入れられていることを分けて見る視点が得られます。

企業は従業員を統治する「私的政府」だ、という見方が広がっています。本論文は、権威が成り立つには「従わせる意図」と「実際に従われていること」の二つが必要だと整理し、この基準では経営陣が従業員に権威を行使していると言い切れる根拠は乏しいと論じます。権威は企業に必ず備わる性質ではなく、あるかどうかは場合による、というのが結論です。

この論文の要点

  • 権威の行使には、従わせる意図と実際に従われている状態の二つが要ります
  • 意思決定・強制・階層・法的権限のどれも、権威が働いている証拠にはなりません
  • 権威は企業に必然的な性質ではなく、成り立つかどうかは場合によります

研究の問い

企業は従業員に対して裁量的な力を振るう「私的政府」だ、という見方が近年注目されています。この見方に立てば、権威には正当性の裏づけが要り、その主な手段が民主的な手続きである以上、従業員参加の権利を認めない限り企業の権威は正当化されない、という主張が導かれます。しかし著者は、その議論が出発点としている前提そのものを問い直します。既存の議論では、そもそもどのような状態を「権威の行使」と呼ぶのかがほとんど定義されないまま話が進んでいる、というのが問題意識です。

調べ方

本論文はデータを集めた実証研究ではなく、法や道徳をめぐる理論で主流となっている権威の捉え方を手がかりに議論を組み立てる理論研究です。著者はまず、権威の行使が成り立つための条件を明示し、二つの条件がそろえば足りるという枠組みを示します。そのうえで、企業と従業員の関係を論じる既存の代表的な主張を順に取り上げ、その枠組みに照らして権威の行使が成り立つと言えるかどうかを検討していきます。

わかったこと

著者が示す枠組みでは、権威の行使が成り立つには二つの条件が必要で、その二つがそろえば十分だとされます。一つは、出した指令に相手が従うことを意図していること。もう一つは、その指令に人々が実際におおむね従うか、それに沿って行動していることです。後者は「事実上の権威」と呼ばれます。

この枠組みを当てると、企業経営を権威の行使だと結論づける従来の根拠は、どれも決め手にならないと論じられます。経営陣の決定が従業員に影響を及ぼすこと、決定が従業員に対して強制されること、企業が階層をもつ組織であること、法律上は企業に権威が認められていること。著者によれば、これらのいずれも、従業員が企業の権威に服しているという結論を支えるには足りません。

ただし著者は、企業が権威を行使しえない、あるいは行使していないと言っているわけではありません。権威は企業に必ず備わる性質ではなく、成り立つこともあれば成り立たないこともある偶然的な性質だ、というのが到達点です。

人事・研修担当への示唆

  • 制度上の指揮命令を前提にせず、現場で実際に指示が受け入れられているかを定期的に確かめましょう
  • 階層や規程があること自体を「従わせる力」の証拠とみなさず、運用の実態と切り分けて点検しましょう
  • 従業員参加の仕組みを導入する際は、理屈だけでなく現場の合意形成に効く形かで設計を判断しましょう

読むときの注意点

本論文は概念の整理と論証を行う理論研究で、実際の職場を調べたデータに基づく結論ではありません。権威が成り立つかどうかは個々の企業や職場で異なりうるため、自社に当てはめるには実態の確認が要ります。また、権威の行使にあたらないからといって、企業の行いに問題がないことにはならない点にも注意が必要です。

キーワード解説

権威
権威とは、指示を出す側が相手の服従を求め、相手も実際にそれに従うことで成り立つ関係のことです。単なる影響力や力ずくの強制とは区別して論じられます。
事実上の権威
事実上の権威とは、従うべき理由があるかどうかとは別に、出された指示に人々が現に従っている状態を指す考え方のことです。
正当性
正当性とは、ある力の行使を受け入れてよいと言える根拠があることです。手続きや同意によって支えられると考えられています。
指令
指令とは、相手にある行動をとらせることを意図して出される指示や命令のことです。従うことが期待されている点に特徴があります。
階層
階層とは、組織のなかで指示や報告の流れが上下に整理された構造のことです。役職や権限の段階として表れます。
私的政府
私的政府とは、企業を、働く人の生活を左右する統治機構になぞらえて捉える見方のことです。
従業員参加
従業員参加とは、働く人が組織の意思決定に関わる仕組みのことです。代表を通じた関与や協議の場などの形をとります。

よくある質問

Q
企業は従業員に権威を行使しているのですか?
A
この論文は、必ず行使しているとは言えないと論じます。権威が成り立つには、指令に従わせる意図と、実際におおむね従われている状態の両方が要るからです。条件が満たされる企業もあれば、そうでない企業もある、という整理になっています。
Q
階層があれば権威があると言えますか?
A
言えない、というのが著者の立場です。組織が階層をもつことや、法律上の権限があること自体は、従業員が権威に服している証拠にはならないと論じられています。実際に指令が受け入れられているかどうかを別に確かめる必要があります。
Q
職場に民主的な参加は不要ということですか?
A
そうは述べていません。著者が問い直したのは「企業は必ず権威を行使しているから民主化が要る」という論法の前提です。従業員参加を支持する別の理由は残りますし、権威が実際に成り立つ職場では正当性の問題も残ります。

原論文のライセンス: cc-by。本記事は原論文の内容を人材論文百科の編集部が独自に読み解いてまとめたもので、抄録や本文の翻訳・転載ではありません。図表は掲載していません。正確な内容は冒頭のDOIから原典をご確認ください。

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